2017年02月03日

釣具テスト


1月26日 北日本や 山陰地方はこの冬一番の寒波襲来でマヒしてるのに
南九州は一月と思えないような暖かさ、、、?
家内と二人で天気に誘われて 下須島ドライブ


今度 もし命を拾えたら また魚釣りでもやるか、、、、と
思って ボチボチ用意していた釣り道具をもって
昔よく釣っていた井出の串に釣具のテスト、

次回の 釣果をご期待ください、 (笑)  

Posted by 波場印  at 08:40Comments(3) ホテル

2017年01月05日

新年 ご挨拶、


遅ればせながら
明けましておめでとうございます

私も昨年 11月以来のブランク明けです
写真は元日の初日の出を息子が撮ったものです

正月は宿泊のお客様も少ないだろう、、との予測のもと
従業員にも お客様にも朝食 お休みを通達してたみたいですが
急遽 帰省、里帰りのお客様が増えて 元日のお客様には
ご不自由をかけてたみたいです
2日は朝食サービスを普通どうりやってたみたいですが約30名様の
朝食でレストランは忙しかったそうです
本当に商売は水物です


私たち家族の年賀は1日 朝10時 自宅でなくホテルで
家内 息子、長女 私と4人で 東京の娘夫婦が送ってくれた
銀座 高島屋の3段徳島 吟月を
「これは何だ?」「これは何だ?」と家内にききながら
つついて 楽しい水入らずの年賀でした
今は魚刺身も別パックで送れるんですね
高島屋の拘りなのか 海老も鯛もサザエも徳島産でした

昨年は私の身体の事で家族や周りのみんなに迷惑をかけてしまったけど
今年は何とかアウトドア人間に戻って 去年の分を 取り戻したいと思います

今年が皆様にとって いい年になりますようにお祈りいたします

  


Posted by 波場印  at 12:08Comments(5) ホテル

2016年11月21日

A statement (宣言)


私は ハッキリ宣言しました

2ヶ月前ほど 病院の私の枕元に家内と息子と3人だけ の時でした
「俺は今後 ホテルの方には 行かんよ、全てyouに委ねる 自分の好きなように自由に切り盛りして
 やっていってくれんね」
「ましてや 経営のことなどにも絶対 口だし もしない」  
だから そのつもりで家内にも 
「今後はyou が全権を持った人間だから 自分の身体に負担かけない程度に一緒にやっていかんね」
と ここまで言うことができました 私にとっては上出来ですが
田舎の牛深で息子を縛って 動けないように してしまうのじゃないかな?
という 心配もあって、、、、、それはそうとして、、、、、、、、、

唐突でしたが 二人とも 素直に解かってくれて これ以上の喜びはありませんでした

元来ここ6ヶ月の間 ホテルに足を運んだのは4回~5回程度でした
やはり私といえども お客さんの入り具合どうだろう?とか
 何も言わない家内に苦労かけていないだろうな?
とか 心配です
ところが フロントの係りの女の子に訊いたら
お客様の入りは ずーと順調で忙しい宗を聞いて安心したところでした
宿泊台帳をめっくたら 真っ黒の日(満室)が多かったのも確認できました
このことも 先程のステートメントのきっかけになったのも事実です

今後40年後は IT企業やネット産業 の開発で 現人口の40パーセントの人が
働くにも 職がなくなってしまう というようなことを聞きました
が 私はそうは思いません
現に今現在 人力産業というのが どの地でも脚光を浴びています
ネットにより 現場から離れての仕事には限界があると思います
やはり 現場に行って 人力的作業が中心だと思います
あのネット通販のアマゾンが即日配達に最後は人力の配達員に頼らなければならない
のと一緒です
私たちのお客様も今現在 現場でなければ仕事にならない団体さま ばかりです

こみいった内輪の話で申し訳ありませんでした
明日から又 入院が続く気配で しばらくスリーピングメンバーになってしまうかもしれません
また元気に 皆様とブログの中でお会いできる日まで 宜しくお願いします

  
タグ :牛深


Posted by 波場印  at 09:14Comments(7) ホテル

2016年11月19日

時計コレクション


いつもいつも、インドアブログ ごらんなってくださって
ありがとうございます

以前から腕時計の収集には興味があったのですが
本格的に集めだしたのは つい最近のことです
20年前バンコク、台湾 香港 上海のコピー時計を買いあさりに
行くのも東南アジア旅行の 楽しみのひとつでした
ですが 当時 東南アジアでの コピーはいくらパーフェクトの うたい文句でも
すぐ壊れて 騙されてばかりでした

ですが 今は違います いい顔の時計を造ります
日本の一流時計メーカーが 自社名で安い時計を作ったら イメージダウンになるもんだから
東南アジアの時計メーカーに資本投資して 安くて若者向け時計を作らせているようです
ですから 作りも しっかりしてるし 特にデザインでは たまらなく欲しくなるものがあります 
性能なども 粗悪品でも作ったことならネットで叩かれて消えてしまうので各社の競争で
いいメーカーだけが残るような構図になっているようです

私らは昔の癖でつけますが
いずれにしても 今の腕時計はアクセサリーの役目がほとんどですよね

いずれも 高い品ではなく 一万円以上のものは2~3個しかありません
昔 私たちの子供時代のメンコ集めと思ってくだされば幸いです

一枚目のレトロウオッチと一緒に写っているのが スマートウオッチです
スマホになってから 年寄りには 使い勝手が悪く不満だらけでした
アプリなんかも あんなにいらんって
その点 スマートウオッチは ハンドフリーで電話対応できるし、
アプリも必要不可欠なもの10個位だけに絞ってあります
カメラも高性能です  何と言ってもメーカーが PCの周辺機器で有名なブルーツース
だから ヘタなもんは造らんやろと思って只今習得中です

  
タグ :牛深


Posted by 波場印  at 13:44Comments(2) プライベート

2016年11月16日

飴に涙


今年の お盆、 3ヶ月前のことでした
病院で 一番苦しい時期だったかも知れません
新聞を買うため 一階の病院売店にいったら方脇に
昔 懐かしい 兵六餅が置いてありました
いまだ健在で85周年のラベルが貼ってありました

私には それこそ約60年ぶりの対面で 「まだあったんだね」ってなもんでした

牛深は昔からの鹿児島からのお菓子流通が主流で
熊本の朝鮮飴なんて知ったのは 随分と後のことでした

早速 3箱買ってきて 口の中に入れたとたん 子供の頃と同じ甘味、
 入っている海草で甘み半減で ガッカリしていたのも同じでした
 
そこまでは 自分としては普通どうりだったのですが
急に父のことが頭に浮かんできて
よく パチンコ屋に連れて行ってもらって 最後は景品に この飴をもらって
口いっぱいにほうばんで帰っていたこと を思い出したら
兵六餅の 箱の上に ポツリ ポツリと涙が落ちて 止め処も無い涙とは このことで
嗚咽が出そうになるのを懸命に我慢しました

「オラ 九学いこ ごたいで いってよかな」
 「自分でヨカてオモタろば 自分に正直になれ」
高校3年の時
「オラ 外国留学したかとばって よかろかい
「ワイが 牛深の町が セマカと思うとなら 外国でも何処でもいたてヨカとぞ」

そんな父 母だったので 孵って家から離れる度胸が なかったのか、、、、、、、、、、、?



時代は昭和20年代でしょうか?
埋め立て前の長手海岸線です
長手と加世浦の境目 今の長手 老人クラブの横には造船所があったのですよ
写真 上から順番に右から左につながってます

  
タグ :牛深


Posted by 波場印  at 09:57Comments(0) プライベート

2016年10月25日

ノー イメージ


外は爽やかそうな いい天気みたい
なのに こんな記事しか書けない 自分が情けないデス    
 

私の症例は 自分で投薬治療して 2週間に一度病院へ行って 血液検査 
その結果で入院か 自宅通院か 先生の診断しだい その場で決まってしまいます
考えたら ここまで よく回復したもんだと少し満足です
私の係りの先生と周りの人たちに感謝です

話は別で
ちょうど今日から数えて2週間前 家内と指定された時間に いつもの血液採取室の前

その時 久し振りに歩いたせいか?疲れ気味だったのと 「また入院なんて言われるのかよ~」
いろいろ嫌な思いを廻らせて 家内と二人、で私は人と遭うのが嫌なので 目をつむって下を向いて自分が呼ばれるのを
待って いました
その時でした 久し振り 動いたせいか?
下腹からガスみたいなものが 下方に動いていくのがハッキリ自覚しました
出口近くになって こりゃ 何も食べてないから「屁」だな と確信して
今 周りに人が多いから じばらくしてから コンネ
と 右脳から命令をだして「 
「屁」には かわいそうでしたが 再び腹の中に納まってもらいました

「デモノ ハレモノ ところかまわず」」のごとく ことは簡単ではありません
2度目のガス波は一度目のガスが助っ人に呼んだ大物みたいで、生意気に、挑発してきます、、、

わかった わかった 
だしてやるから 静かに出てこんばよ
と思って かた尻 をうかしたとたん  「ブ  ブ~~~~ブッ」
自分想定より3倍ボリュウム
家内が 「ワオ すごい!」 とナイスフォロー
周りの人に悪かったと思い顔を上げて回りを見回したら
3~4人の人と眼が合いましたが どの人も無表情
自分の病気の ことなど考えたら 他人の「屁」など無関心そのものなんでしょうね

その日 案の定入院でした  早速看護士さんたちの 体温血圧 測って「ガスはでましたか?」
の質問に元気よく 「はい」と答えられました 

  
タグ :牛深


Posted by 波場印  at 12:55Comments(2) プライベート

2016年10月22日

面白くないブログ


ロンリー コペン
今年の 2月でした 、買っても あまり乗らんやろな~     と思いつつも
自分の購入条件に ぴったしの車 だったので 熊本の九学道りのデーラーまで行って購入してきました

私の拘りは コペンは平成18~20年生産のアクティブトップ が生産台数が少なく 一番人気があって
それ以降のコペンはデビルマンのようなフロントグリルになって 急に人気がなくなってしまいました
と いうことで この車   後でプレミアつかんかな? という思惑

それにも増して 初めて訪問する デイーラーの親父さんが 売り方が上手で
「今 高齢者の方のスポーツカーブームは凄いですよ」
「コペンのお客さまの8割が 60歳以上の お客さまですよ」
「真っ赤が一番人気があります」
なんて 捲くし立てられて 恥ずかしさもふっとんで その場で買ってしまいました

案の定のごとく  買ってから10回も乗っていません
私の不慮もあってですが 4ヶ月振りに車庫に行ってみました
そしたら 大きなアクビをしているコペンの 姿の感じを受けました
「もう少ししたら 何処でも連れてイッチャるケン  マットカンね」

私の個人的な遊び車遍歴
一番最後は 光岡の「ゼロワン」か バーキンの「パーキン7」を乗って終わりたいです
もし 楠浦のHBさんが このブログくらいついて
情報もらえたら 嬉しいんですがね~  

Posted by 波場印  at 10:15Comments(5) プライベート

2016年10月08日

亀と竹竿


牛深に限らず 昔 漁業を営んでいた旧家の家の床の間には大抵 この亀の剥製があります
もちろん 私の家の母屋のほうにも 全長1,3メーター の鼈甲亀が私の小さい頃い頃から置いてあります  


私が小学校2年生か3年生頃だと思うのですが
牛深の田舎では お盆と正月 まず真っ先に 父の実家 元家などへの ご先祖様に必ず
ご挨拶しにいくのが父の厳命でした
大酒飲みの大嫌いな叔父の仏壇 の前にも御参りするため しぶしぶ行っていました

そこで ある年の正月 父の元家 本家 そこの家の床の間には亀の剥製はありませんでしたが
3メートルくらいの観るからに綺麗といえない 油光した竹竿が床の間に立てかけてあるのが気になって
その元家からの帰り道すがら 父に「あん竹は何な?」 と聞いたら
父が噛み砕く ように教えてくれました

昔 沖で亀が口ばしと 手で竹竿をクルクル回して遊んでいる場面に遭遇した漁師は 
大変珍しい場面を観た漁師 ということで
その後の機運 運勢が良くなり 大成功の漁師生活が約束されたものだとのジンクスが広くあったそうです

父が言うには 亀は腕はあっても指はありません 竹竿を掴もうにも くるくる回って 掴みきれないしぐさが
あたかも 亀が竹竿で遊んでいるように観えたのでしょうね
いずれにしても運気のいい千歳一隅の場面に 亀と一緒に その竹竿を持ち帰り
(亀には丁寧にお神酒を飲をませて 海に返してやることが多かったみたいです )
床の間にその 竹を家の家宝として飾ってある家が多いことを知りましたが
父も 「その場面を何回か観たと?」 と訊いたら
昔の八丁艪の船は船棚が低いので 何度か見た というようなことを言いましたが
あまり そんなことには 関心はなかった と言いました
そして 父は 亀は広い太平洋を単独航海するのだから 時々は くたびれて泳ぎつかれた
亀がする行動からかもしれんから
それを邪魔するのは あまりいい事では 無いかも知れんね  と言って話を締めくくりました

ちなみに家に置いてある亀は沖で網の中に入ったのを 単純に剥製師に造ってもらっただけのモノということも知りました

まずもって 牛深では 父の話が一般的だと思います
彼方の地方の漁業部落では 竹竿と亀の話 残っていたら 聞いてみたいですね  
タグ :牛深漁業


Posted by 波場印  at 21:00Comments(0) 巾着船

2016年09月26日

オタンジョウ日



バースデイケーキなんて何十年ぶりだろ

今日 東京にかえる娘が一日前倒しで買ってきてくれました
照れくさいけど 嬉しいです
生きていなければ バースデイケーキなんて食べれないもんね


ケーキを買ってくれた娘の生後一ヶ月の写真です
  

Posted by 波場印  at 11:27Comments(0) プライベート

2016年09月24日

マイ SUN、SAN



相変わらず 愛情表現が 不器用で 下手っぴ
心配してくれているのに 男同士だから心の中はミエミエ
気性が少し荒いのは爺ちゃんっこ だったから私を飛び越しての輪郭遺伝

魚釣りもゴルフも最初はわざと負けたフリしてたのですが
後から 本当に私が勝てなくなり
急に威張り始めて
「ゴルフだって スポーツだから若いモンが年寄りに勝つのは当たり前だよ」
なんて 負け惜しみなんか 俺に言わせやがって 息子は余裕の薄ら笑い、、、、   悔しいな~ 

怒られるから ここら辺で止めとくか
写真だけ 借りるね

息子は「キャロマニ」です   (キャロウエイマニア)


(寸部の親ばか)  一応 高校の時 栃木インターハイ出場したんだよね  

Posted by 波場印  at 12:16Comments(0) プライベート

2016年09月20日

コメ返でーす


昨日 久し振りに買った ナンバーズとロト6 一週間分
最近 小額も当たらないので  布袋さんのマッコにツバつけて貼り着けてやりました


これが アロマトリートメントとかいうやつ
背中じゅうに8種類を順番とうり つけてマッサージ
娘が講習受けて習ってきたのでしょうね
確かに 気持よくて やってもらってたら すぐ眠ってしまいます
ラベンダーが一番のお気に入りです
でも 眠りはな 鼻の下に たっぷり塗るられるのは勘弁してほしいデス


 メンバーズブログ枠  コメント枠らもはずしています
多くの方々からの足跡に感謝しながら
コメ返です   この場からですみません

●いま北海道ね~  熊と間違えられんようにしとけよ

●だよ、だよ あんたのお父さんだよ あんたに見せたくて載せたブログだよ
 お母さんにも見せてね

●私が不在で申し訳ありませんでした、大変いいものを有難うございました
 中の品物とパッケージイメージが随分違うなと思っていたら
 そういえば 宇都宮は餃子の街でしたね

●一度もお会いしたこともないのにブログメールだけで50年来の友人感を感じさせて
 いただきまして 本当に有難うございます
『私たちもカレイシュウを気にせず相方とアツーイ一枚を』
  ご自愛のほどを。
 飴ちゃん奥様に宜しくお伝え下さい

●大丈夫だよ、心配かけてごめんね

  
タグ :牛深


Posted by 波場印  at 10:41Comments(1) プライベート

2016年09月18日

マイ ミーイズム


今だって ハグしたい気持はありますが お互い カレイシュウが気になるよね S43年 五老ヶ滝



俺の座り場所も とっとけよ

当時の愛車 給料を全部月賦にまわして買いました
べレット 1600 GT
以上 S43年アルバム、、、、
  

Posted by 波場印  at 14:32Comments(0) プライベート

2016年09月15日

マイ シリアス ドキュメント


6月末からプラベートリゾート マンション?暮らし









家内と三人の子供たちからの 両手をいっぱい広げても受けとめきれない程の満ち溢れる愛情
子供時代から一緒に育った姉、弟妹からの絆愛
後は全て何にもいらない

時々 ダッチロール その度に機体を立ち直して ソフトランディング模索中
御巣鷹山の機長パイロット  最後の言葉  「ドーンといこうぜ」
  

Posted by 波場印  at 11:18Comments(0) プライベート

2016年07月09日

第七満吉丸物語(昭和30年頃)


第7満吉丸物語
前回の巾着船ブログ(5月)で紹介した父が最初に造った本船(初代 3満吉丸)は
稼動して いきなり 牛深 片島沖で  
当時 開発されたばかりの魚群探知機で米粒くらいの魚群反応だったのらしいのですが 
操業したところ それが奇跡的というべきか 偶然にも 真鯛の大魚群で
ダンベ1隻、デッコウダンベ、にも満載しても積みきれず 本船にも積んで
出だしから 真鯛を”本船積み”という 前代未聞の大漁をしました
今の私の想像ですが 当時の運搬船(ダンベ)がデッコダンベと合わせて約1500箱積載(一箱15㌔入り)
本船の甲板に100箱積載   合計1600箱(㎏で換算して24トン)
1匹 2キロ平均の鯛だと ひとつのトロ箱に5~6尾入ったとして 1600箱ですので
   約8000尾
の鯛を一晩に獲って とにかく 現在の金額に換算すると
想像できないくらいの 水揚げ金額を記録したと思います

父が幸運の持ち主だったか この本船に運があったのか 船主船頭ナッパ服親方として 
牛深でも飛びぬけて常時 大漁をする船にならしめて 
この時代(昭和28年頃)から牛深の巾着船業界で 父は頭角を現し始めたのだと思います

〔尋常小学校卒業、12歳から船に乗って 牛深の網元親方衆から 認められて18歳で本船の船長、 
22歳から大船頭にスカウトされた父でしたので (須口まるに丸漁労長)巾着船には天性的な感覚才能を持っていたのかもしれません〕

早速 魚を積載する母船は 大きくなければ と思ったのでしょうね
当時 本船より 大きなダンベは いなかったのですが 
鹿児島沖進出への野望もあって 70トンくらいの 母船 第7満吉丸を
八代の加藤造船所というところで 建造しました 私が10歳の時です

この大きな母船が すぐさま進出した鹿児島沖で満船 満載続きで(最大で3000箱積載)大活躍しました
しかし 好事魔多し の例えのごとく
ある晩 荒天の夜 種子島の西之表から 出港中 馬毛島の浅瀬に衝突 座礁して 
他の船で引きおろすことを 試みるものの 荒天時化の中 作業も危険困難で
瀬の上と大波の中 ゴロゴロ転ぶ 第7満吉丸は 船体が割れ始め
瀬と瀬の間にスッポリ挟まるように座礁していたので 離礁させることが無理と判断した父は
船員全員が見守るなか 第7満吉丸に乗り移り 持っていた包丁で 自分の親指の先を切って 
流れる血をオモテ舳先の又十の屋号に塗りつけて この船と別れを告げてきたそうです
其の事故から約60年
現在は 馬毛島に船体はおろか エンジンも波に洗われてしまって残ってないと思います
進水してから僅か3年の活躍運命だった船らしいのですが 父だけの思いの ある船だったのか
思いだしたくないことだったのか
晩年 あまり7号母船のことは 私には話しませんでした


一番上の写真は その第七満吉丸の進水餅投げシーンで 屋号が金エナメルで書いてあろところ
オモテ舳先にいるのが 私と弟です 確か小学4年生頃だと思います

このブログ記事は 決して 自分の父親のことを自慢、自賛するものではなく
当時の船員さんからの話や私が幼い頃 あった話 ありのままを
書いたものです
巾着船で 隆盛をきわめた船であれば どこの船にも 
こういう話の ひとつや二つは あるはずです

大変 長い文章を お読みいただきまして ありがとうございました

 
   


Posted by 波場印  at 17:38Comments(7) 巾着船

2016年06月17日

微かな喜び


モモステ  買ったぞー
モモヒキ じゃなく、 モモの ステテコでもなく  ”momo のステアリング”、
買おうか? 買うまいか? 随分と長い間 迷っていましたが
私らの年齢は 後 何年かしかないから 何かを楽しまなくちゃ、、、  ですね
 

こいつらも元気です、
全く 外で遊ぼうとしないで 家の中 我がもの顔です

  送ってきました

  


Posted by 波場印  at 17:35Comments(5) プライベート

2016年06月08日

お蔭様でリバウンド


大学教授(ヒストリアン)様 の御家族
 " Mogusi White beach" で泳いできて、
 ランドリーに行って ” ヨーメーマート”でフードショッピングして 
日焼けして 帰って来られました
”Well come back” 牛深が気に入られたのか 予定外3日間の ご滞在でした  From USA


Young woman from Germany
若い 娘さんの一人旅 
私も まだ男です、若い娘さんには胸がときめきます(笑)

 カップルさんも ノープロブレム、  OK、

Each overseas customers
”Thank you for your use”
P.S  カタカナ語と 英文字を いれているのは 外人さんの アクセスが あるかもしれない?
     のためです 悪しからず お許しください

地震が 落ち着いたので? でしょうか
中断されていた ビジネス関係の お客様の仕事も再開されて
5月のお客様が少なかった分 リバウンドで 現在 お仕事のお客様に混じって 
牛深観光に来られる お客様も 時々みられます
お蔭様で 予期していない 満室状態になる時があります

外国の お客様 載せるのは 宣伝効果が 良くて
私らが 外国の辺鄙な所へ行って 日本人を観たら 少し安心しますよね
あれと同じ効果があるのかもしれません
日本人は 「写真」というと 身構えたり 神経質になられる人が 多いので
写真や ブログアップのご相談は 控えるようにしています 
  


Posted by 波場印  at 14:19Comments(2) ホテル

2016年06月06日

牛深地域 NEWS



牛深の地域現況
牛深だって 経済の息使いは あってます
「エブリワン」が 「ファミリーマート」になるようです(コンビニ業界の M&A ?)
コンビニ店は 何処も造りは 同じような気がするのですが
それぞれ 特色をださなければ ならないので長期間の大改造のようです
牛深には商品搬入の悪条件から 積極的に進出してくる コンビニが あまり ありません
ですので 牛深の現存コンビニは どこもお客さん 多い様な感じ受けるのですがね? 
「ローソン」様も 出店 お願いします

牛深で 必要不可欠なのが 病院です
高齢者が多いので 患者さんの数は 人口比に対して 他の地域より 多いかもしれません
大きな個人病院が  年内完成をめざして増建設中のようです
近くにも 大きな病院が あるようですが こちらも敷地からすると 大きな病院のようです

 お蔭様で 私ども こちら様2箇所に関連した お客様の宿泊を多数 いただいております


  


Posted by 波場印  at 09:35Comments(3) ホテル

2016年05月27日

身辺&近辺


忍び寄る 歳波には勝てません
昔から病院嫌いの私も 半年前から 月に一度
ある先生に 診てもらってます
「マックスフライ」といえば ゴルフする人は すぐ解かると思います 
昔からの ダンロップ ブランド
20代から 始めたゴルフで ティーに限っては40年間 一度も 変えたことがなかった
ダンロップの ウッドティー 
これのケースが 今は病院から もらう 薬入れケースになってしまいました(悲)


東京の娘 
旦那様が 「舛添さんに 無駄使いされるくらいならば」 って
天草へ故郷納税してくださったら 「真鯛のゆず風味」が送られてきたそうです
 写メ送ってきました

ナサケナイ、
最近の政治家 こんなのが多すぎです 大阪維新の会をクビになったのに 辞めない
上西とかいう女性議員、 甘利元大臣、自分の懐の為だけの職業議員が 人のこと
考える政治ができるとは思えませんけどね
  

Posted by 波場印  at 11:17Comments(2) プライベート

2016年05月23日

最近のヒットショッピング


ヤフオクで 見つけました、  
英会話電子辞書(翻訳機)の中古品 

メーカーはそれぞれ セイコー、キャノン、シャープ
流行遅れとはいえ これが3個 併せて¥500円 
送料¥600円で 合計 ¥1100円   あまりの安さに 
ジャンクかいな? と思いながら 電池を入れ替えたら
3個とも 完動品 、さすが優良出品者様からのモノでした 
外人さんが来た時 便利かもしれんね と言いながら
家内が 珍しく 夢中になってます 
スマホのアプリにも翻訳機 あるらしいです
世の中 モノが 溢れかえっているんですね デフレになるはずよ、

靴は 探すのが好きでカジュアルから トラディショナルまで
いろいろ持ってますが
今からのシーズンは 通気性のいいものでないと 一日中履いてると やはり
靴の中 汗かいてしまいます
と いうことで 今年はホテル内では 上履きを兼ねた これにしました
 サボ クロッグシューズ、小高い踵フチが付いているのでサンダルより
フィット感がよくて気持いいです 
2足で 送料込み ¥5000円弱でした  

高級ブランド志向の人には 「ドクター マーチン」 のサボも ありますよ
Nちゃん、旦那様に どうね?  


Posted by 波場印  at 13:12Comments(6) プライベート

2016年05月15日

昼の放談


スコーシ づつ お客様 帰って来つつあります
でも今回の 熊本震災は 私どもホテル 旅館業者にも大打撃です

ハイヤ祭りの前々日から始まって ゴールデンウイークの
子供たちの 遠征スポーツ行事、合宿 全てキャンセルになり
仕事関係で来られるお客様も スケジュールが変わってしまって
毎年 忙しいシーズンなのに カンコウ鳥が鳴いているような
有様でした
地震後 ポツリ、ポツリと お出でくださる 熊本市内のお客様に
お話を伺うと「家は大丈夫だったけど 中はメチャクチャで やっと
何とか片付いたですよ」と言われるお客様が多いです
阿蘇方面は言うに及ばず 日奈久方面の観光旅館の方々の営業被害は
深刻問題でしょうね
熊本市 阿蘇方面から離れている 天草牛深で このような様ですので
熊本県全体のホテル 旅館の経済打撃も相当なものだと思います

人 それぞれで 私の弟、
丁度 最初の地震 4月14日の夜 
当日 熊本 出張で 夜の懇親会も済んで 
9時半頃 熊本市内のスーパー銭湯で仮眠中
最初の震度 7 に出くわして 2時間後 2回目の震度 6で 
銭湯が閉館 避難命令がでて
近くの 学校の体育館に避難させられて 熊本市内の方々と 一晩中 寒い思いと
恐い思いを体験して 帰ってきた者もいれば、
写真のこの熊本市内からの お客様 (83歳)
3ヶ月に一度位のわりで ホテルに来られるのですが
今回は ハイヤ祭りを楽しみに14日 朝から 牛深入り お泊りで
次の日 地震が遭った事を知り 熊本中央区の住んでる マンションの様子を
隣の住民の方に電話で訊いたら
マンション自体は被害 受けてない様子ですが 部屋の中は テレビも壊れているし
棚は倒れてガラスも割れて メチャクチャ とのこと
ホテルに宿泊されていた お客様がキャンセルして ゾクゾクと お帰りになられるなか
「あわてても ションナカ、チット落ち着いてから 帰る」と言って
その後 4日間 私どもの所にご滞在でした
歳とったら 何事も 急いですることはないもんね 

と いうようなことを 昼間 時々 集まってくれる友達と 話しています
(写真 3枚目)
写真 一番上は今朝 アウトされました ヨーロッパからの 御夫婦パッカー様
Thank you for using our hotel
Have nice trip


  


Posted by 波場印  at 10:36Comments(4) ホテル

2016年05月03日

昭和20年代後半


大昔の巾着船の記事が こんなに多くの人から
アクセスいただくとは 思っていませんでした
現在も毎日 各地から閲覧されていていますことに感謝します
(巾着船のカテゴリー アクセスだけで 2万回を突破しました)

今となっては 時系列に書いたらよかったのかもしれませんが
断片的、思い出しのこと ですので 時代 年号が前後して
しまいまして申し訳ありません

上の写真は 父が 初めて建造した初代「第三満吉丸」です (木造船 59トン)
「雇われ船頭」から 独立して 一年目は 確か 柳丸 という中古船を甑島から買ってきて
起業したのは覚えています、
それから 間もなくして 建造したので昭和28年~30年
私が 7歳くらいの時だと思います
オンノイケ(天草 鬼池)の造船所で何という造船所かは知りませんでしたが
当時の エピソードを よく 古い船員さんから聞いてたのを
思い出しました
完工 進水が間近になって 内部艤装の段階で 特別発注してたラット(操舵機)ができあがってきて
ブリッジの中に 入れようとしたら ラットが大きすぎて どこからも 入れられず
完成していたブリッジの天井を 壊して 入れたそうです
今の船のラットは車のハンドルと変わらない 大きさですが 当時は電動油圧などなく
全てチェーン舵だったので 大きいほうが舵効きが よし と考えたのでしょうね 

船体だけ完工進水して 中のエンジン(焼き玉) は牛深の鉄工所での据え付けのため 鬼池から牛深へ回航するのに
ダンベで 曳航して もってくる途中 本渡の現在の瀬戸橋の中央付近で 水深が浅くて
座礁してしまったそうです 海底が砂地だから船底に傷つかなかったのは よかったのかもしれませんが 
どうしても浅場から 降ろすことができなくて 本渡じゅう から 空のドラム缶を集めて 船底に抱くように 
縊りつけて 次の日の満潮にやっと 瀬戸から脱出できたそうです 
冬の寒い時 船員全員が 泳いでの作業だった という話を聞きました

  


Posted by 波場印  at 16:22Comments(8) 巾着船

2016年04月20日

公式 最後の同窓会


本震があった16日の朝でした 
「ハイヤ祭りも中止になったし 明後日の同窓会
 中止も含めて検討したほうが いいんじゃないか?」と
世話人代表のM君に連絡取ったら 
もう すでに他所から牛深に来ている者もいるし
今から 中止の連絡徹底のほうが難しいから、、、
ということで 決行することにしました
案の定 急遽 来れなくなった者からの電話連絡が多く
参加予定者のうち 30名以上が参加不可能ということになりました 

やるとなったら  ということで 始めたら
やはり 同級生とはいいものでワイワイ ガヤガヤ 心は遠い昔に帰って
おお賑やかな同窓会になりました
いつもの カメラマンも熊本で被害に遇っているらしく 来れなくなったので
同窓会模様、 私の撮った写真を掲載します
男はハゲばかり だったので女性群を多く載せています

宴たけなわのころ ホテルの宴会係の女将が
「社長の同級生 綺麗な方が多いですね」と 耳打ちしにきたので
「ウ~ン? バッテ オイがヨメゴに勝つもんは ダイモオラン」と言ってやりました
もちろん冗談です
好き勝手なこと書いているのは 私ら同級ゼネレーションはネット世代ではなく
携帯も見る限り ガラケイばかりだったので 多分 インターネットとか ブログとかには
無縁の者ばかりなので 書いたことがバレて炎上など する事はないのです 
だけど ご免ね 
もし 千が一、 万が一、 これを観てくれている者がいたら のために
最後に閉めの ご挨拶させて もらいます

「今回は古希の同窓会ということで 私どもの所を お使い いただきまして
有難うございました
丁度 不運にも 熊本の大震災と重なりまして ハイヤ祭りも中止となりまして
直前になって 来れなくなった同級生も 多数でてしまいました
一応 今回をもって 公式の同窓会が最後の同窓会となりますが
今までの同窓会を通じまして 毎回の準備 手配などで 頑張ってくれた
村島君はじめ 役員の方々には 本当に感謝申し上げます

先ほど 申しましたとおり 今回が最後となりますが
非公式には 後 何度かできることだと思います
もし 自然発生的にでも 同窓会をしよう とでも 話が出た場合
私も 生きている限りは ここにおりますので 
いつでも 声をおかけくだされば 喜んで お手伝い 参加をさせていただきたい
と思いますので よろしくどうぞ お願いします」




  


Posted by 波場印  at 10:07Comments(8) プライベート

2016年04月16日

牛深現況


ハイヤ祭り 全て行事 中止になりました
余震も続いているし 熊本市内、益城、南阿蘇の方々の被害や不安を
考えたら 祭りどころじゃないですよね
交通機関も混乱していて ハイヤのお客様ほとんどがキャンセルになりました
最初の14日夜の(PM9時半頃)揺れには びっくりしました
 天草は地震などとは無縁の場所と思っていたら
あんな揺れは初めての経験でした
あれが 前震で 昨夜の(16日、未明)が本震だったようです
人間の身体、特に横になって寝ている時は
地面に接している面積が多いので 凄い揺れを感じました
いろいろな方面から 牛深へのご心配の 問い合わせを
いただいております
牛深は 今のところ ひどい被害はないようですが
余震活動が活発なのが 今回の熊本地震の特徴のようですので 油断ならないです
地球の上に 住ませてもらっている私たちには 自然現象には どうしようも
ありません
もう これくらいで治まってくれるのを期待するしかないですね

昨日の 同窓会は(牛中 昭和30年度卒業生)予定どうり行われました
私たちの18日の(牛中 昭和36年度卒業生)も 今のところ予定どうり
行われる予定です

とりあえず 牛深 ホテル近況です  


Posted by 波場印  at 08:24Comments(2) ホテル

2016年04月12日

フルオープンでハイヤ大橋


私どものホテル  お客様の車の中で
時々 私の 個人的に ”タマラナイ”ほど大好きな車が
現れる時があります  その中の一台、
イタリアのフィアット 一度は乗ってみたい車です
昨日のお客様の車です 撮影 OK でした  

 
フルオープンでハイヤ大橋
天草最南端 牛深といえば ”ハイヤ大橋 ”

フェリーで南から来られる方は 天草ツーリングの出発点
北から来られる方は ツーリングの最終地点
天草下島は 車も少なく 快適なドライビング コースが
沢山あります
潮の香りを 身体に浴びながら 天草ライドいかがですか


上の記事とは関係ありませんが
最近 歳トッタ と感じる場面
①普通車が 重く感じて 軽自動車が小回りがきいて手軽に走りやすくなったこと
②座る時 必ず「ドッコイショ」と言う
③クシャミの後 「クソー」を付ける 「ハックション!くそー」
④テバナが上手になって 狙った側溝に入れることが出来る、しかも 片鼻押さえた親指を
 全く濡らすことなく イキオイもいい


④は嘘です
  


Posted by 波場印  at 12:49Comments(4) ホテル

2016年04月03日

さすらいの釣り人たち


4月3日 日曜日 午前9時 天気 どんよりとした曇り
ハイヤ大橋を 後浜の方へ下りきったら
30メートル間隔に大型のキャンピングカー2台と大型ワゴン車が1台

暇つぶしに 釣り模様の情報収集に車を降りて 歩いて近くに行ったら
車ナンバーが 旭川、湘南、鹿児島 
鹿児島は別として えらいな遠くから、そして それぞれの車の後ろには 大掛かりな
キャンプ用品や 魚干し網まで、、

私ら職業柄 初対面の人や他所からの人と会話するのは慣れています
人 それぞれですが
まず 「こんにちは」とか「おはようございます」と ご挨拶をして 
相手の 表情 返事で あとを話しかけていいものか いけないものか
瞬時に判断できます(笑) 
特に釣りの場面ではうるさがられるのが多いのですが 今朝の人たちは
3グループとも 大当たり 笑顔よし、会話好調 
湘南ナンバー車の女性の方など 「牛深の海は湘南なんかより すごく綺麗ですよ」
なんて言ってくださって 加山雄三、 桑田圭祐 に勝ったな なんて勝手に思ったりして


5分以上 会話を続けたら こちらも素性を明かして対話しなければなりません
それぞれの方たちも 安心して自分たちの素性も明かされて
今までの釣り紀行まで 話してくださいます
旭川の方 先週は指宿 鹿児島南岸での釣りだったそうです

ホテル関係に携わっているから とか そういうものでなく 牛深人の一人として
遠くから 天草の牛深をお訪ねされることは 嬉しいものです
私も丁寧に お礼を申し上げて 気持いい チョイ間の出会いと お別れをしてきました

ハイヤ祭りのことを お話したら いずれの方もご存知ありませんでした
釣りジャー二ーの 方たちには釣り場所のことが重要で お祭りのことなど 二の次なのでしょうね
でも 繰り返しになりますが 牛深へお出でくださって ありがたいと思いました



  


Posted by 波場印  at 16:07Comments(4) 旅行

2016年03月17日

春がいっぱい


3月17日
牛深にも 春が来ました
本日は 晴天、
4月中旬並の暖かさだそうです
ホテル前の舗道沿いに 白い花が混み合って咲いてます

ユーチューブから お借りして
シャドウズの名曲をどうぞ、
Spring is nearly here :The Shadows / 春がいっぱい


  


Posted by 波場印  at 10:52Comments(2) ホテル

2016年03月11日

毎年の白木蓮


母が好きだった白木蓮 三年連続で載せることが
できました
もう 散り際で 下は 落ちた花びらで 
雪が積もったように真っ白になってます
亡くなる 3年前だったか 一緒に行った
紫尾温泉(町営)も 綺麗に建て直されていました が
紫尾神社はそのままでした

当時の バブルの遺産といったら失礼かな?
近くのゴルフ場と 日本一の水車 


三和商船の蔵の元行きフェリーを降りたら 
途中 出水の武家屋敷群を通過して 1時間半くらいで 到着します


20年以上の前の母との 思い出でした
  
タグ :牛深旅行


Posted by 波場印  at 12:46Comments(2) プライベート

2016年03月05日

高齢者の こどもの日


小学生の頃 テレビで初めて観た西部劇
「ローンレンジャー」「ローハイド」から始まって
中学生の頃「コンバット」高校の頃からは「007」
いつも銃が映画の中にありました
特別 ガンマニアとか ミリタリーファンでもなく 
サバゲー なんか全く興味はないのですが
若い頃から 4~5年に 一丁の割で 買っていたハンドガンが
溜まって ◎丁くらい あります(笑)
玩具といってしまえば それまでですが
オブジェの古式銃を除いて 全て ガスガンです 
もちろんスピードは規制内ですが エアーガンより重量があります
家内は若い時から 時々 買っているのを知ってますが
私の この7,8番目のホビー( ....といえるかどうか ?)のことは
誰も知りません  ダンボールに入れて 押入れの奥になおして置いて
誰もいない時 それこそ 年に一度か二度 ひっぱりだして
手入れして眺めたり 自宅の敷地内で試射するくらいです
15メートルくらいから 的やビール缶を撃って楽しみます
プリンキング
http://www.kfb-and.com/category/plinking/
もっと長い所から とも思いますが
 恥ずかしいから外には持ち出せません
オタク遊びみたいなもんです すぐ飽きます

そして また 押入れに休眠してます

弾丸は 全てバイオBB弾が義務づけられていて 外に落ちた玉は 
しばらくすると分解して 土になります
注意事項を守って遊ぶ分には ソフトライフルスポーツです  
タグ :牛深


Posted by 波場印  at 09:23Comments(6) プライベート

2016年03月04日

インサイド オブ アワホテル


私ども宿泊施設業者は  宿泊者様の人数を毎月 
市の観光課へ 報告するようになっております
私どもの所 先月 2月は 延べ五百数十名のお客様へご利用いただきました
この数字が 多いか 少ないかは おのおの各人様の思孝感覚にお任せします

9割5分以上が 必要にかられたビジネス関係のお客様です
牛深へ 何の用事があって 来られるのだろう?
と思われる方が多いと思いますが
私らの この商売をしていますと 今 現在 牛深は 何の業種が
盛況であるか? ということがよく解かります
申し訳ありませんが 各個人情報 企業情報 
いずれも秘密情報になるかもしれませんので 公にできません
でも 彼は大丈夫です、
上の写真の彼は大分から 2ヶ月間の牛深滞在でした
一度も家に帰らず 頑張りました
私らも 2ヶ月間も一緒にいますと 昔の下宿屋感覚になってしまいまして
特に この彼は 明るくて屈託がなく 自分の家のように
慣れてしまっていましたので
家内も私も自分の子供に話すような感覚になってしまいました
目的に向かって生きている若者というのは 傍から診ていて
本当に 輝かしく感じます
これから永い人生の中 天草を思い出す時は 俺らのことも思い出すんだよ
あれだけ忘れ物ないように って言ったのに カメラ忘れとったよー
   


Posted by 波場印  at 09:22Comments(2) ホテル

2016年02月28日

ハイヤ節の流れ


今年もハイヤ祭が近づいてきました
今年ぐらい スカッとしたいい天気になってほしいものです

大変申し訳ありませんが 15日、16日は 満室になっております
その前後日は若干 空きがございます

だいぶ前のTV番組でのハイヤ節紹介です
VHSテープですので 劣化して観難くなってます


昭和36年牛深中学卒業生の古希の同窓会をハイヤ祭りに併せて
下記のとおり 開催いたします
今回で 一応 最後ということになりました 
生きている者は 参加しようね 「マットルヨー」

日時 平成28年 4月18日(月曜日)
    午後4時ー8時 受付 午後3時
場所 ホテル ハーバーイン  
    電話 0969-72-5154 
参加負担金  ¥7.000円
その他  神事 午後4時開始

5年前の 同窓会の写真です  


  


Posted by 波場印  at 13:53Comments(8) ホテル