2016年10月25日

ノー イメージ


外は爽やかそうな いい天気みたい
なのに こんな記事しか書けない 自分が情けないデス    
 

私の症例は 自分で投薬治療して 2週間に一度病院へ行って 血液検査 
その結果で入院か 自宅通院か 先生の診断しだい その場で決まってしまいます
考えたら ここまで よく回復したもんだと少し満足です
私の係りの先生と周りの人たちに感謝です

話は別で
ちょうど今日から数えて2週間前 家内と指定された時間に いつもの血液採取室の前

その時 久し振りに歩いたせいか?疲れ気味だったのと 「また入院なんて言われるのかよ~」
いろいろ嫌な思いを廻らせて 家内と二人、で私は人と遭うのが嫌なので 目をつむって下を向いて自分が呼ばれるのを
待って いました
その時でした 久し振り 動いたせいか?
下腹からガスみたいなものが 下方に動いていくのがハッキリ自覚しました
出口近くになって こりゃ 何も食べてないから「屁」だな と確信して
今 周りに人が多いから じばらくしてから コンネ
と 右脳から命令をだして「 
「屁」には かわいそうでしたが 再び腹の中に納まってもらいました

「デモノ ハレモノ ところかまわず」」のごとく ことは簡単ではありません
2度目のガス波は一度目のガスが助っ人に呼んだ大物みたいで、生意気に、挑発してきます、、、

わかった わかった 
だしてやるから 静かに出てこんばよ
と思って かた尻 をうかしたとたん  「ブ  ブ~~~~ブッ」
自分想定より3倍ボリュウム
家内が 「ワオ すごい!」 とナイスフォロー
周りの人に悪かったと思い顔を上げて回りを見回したら
3~4人の人と眼が合いましたが どの人も無表情
自分の病気の ことなど考えたら 他人の「屁」など無関心そのものなんでしょうね

その日 案の定入院でした  早速看護士さんたちの 体温血圧 測って「ガスはでましたか?」
の質問に元気よく 「はい」と答えられました 

  
タグ :牛深


Posted by 波場印  at 12:55Comments(2)プライベート

2016年10月22日

面白くないブログ


ロンリー コペン
今年の 2月でした 、買っても あまり乗らんやろな~     と思いつつも
自分の購入条件に ぴったしの車 だったので 熊本の九学道りのデーラーまで行って購入してきました

私の拘りは コペンは平成18~20年生産のアクティブトップ が生産台数が少なく 一番人気があって
それ以降のコペンはデビルマンのようなフロントグリルになって 急に人気がなくなってしまいました
と いうことで この車   後でプレミアつかんかな? という思惑

それにも増して 初めて訪問する デイーラーの親父さんが 売り方が上手で
「今 高齢者の方のスポーツカーブームは凄いですよ」
「コペンのお客さまの8割が 60歳以上の お客さまですよ」
「真っ赤が一番人気があります」
なんて 捲くし立てられて 恥ずかしさもふっとんで その場で買ってしまいました

案の定のごとく  買ってから10回も乗っていません
私の不慮もあってですが 4ヶ月振りに車庫に行ってみました
そしたら 大きなアクビをしているコペンの 姿の感じを受けました
「もう少ししたら 何処でも連れてイッチャるケン  マットカンね」

私の個人的な遊び車遍歴
一番最後は 光岡の「ゼロワン」か バーキンの「パーキン7」を乗って終わりたいです
もし 楠浦のHBさんが このブログくらいついて
情報もらえたら 嬉しいんですがね~  

Posted by 波場印  at 10:15Comments(5)プライベート

2016年10月08日

亀と竹竿


牛深に限らず 昔 漁業を営んでいた旧家の家の床の間には大抵 この亀の剥製があります
もちろん 私の家の母屋のほうにも 全長1,3メーター の鼈甲亀が私の小さい頃い頃から置いてあります  


私が小学校2年生か3年生頃だと思うのですが
牛深の田舎では お盆と正月 まず真っ先に 父の実家 元家などへの ご先祖様に必ず
ご挨拶しにいくのが父の厳命でした
大酒飲みの大嫌いな叔父の仏壇 の前にも御参りするため しぶしぶ行っていました

そこで ある年の正月 父の元家 本家 そこの家の床の間には亀の剥製はありませんでしたが
3メートルくらいの観るからに綺麗といえない 油光した竹竿が床の間に立てかけてあるのが気になって
その元家からの帰り道すがら 父に「あん竹は何な?」 と聞いたら
父が噛み砕く ように教えてくれました

昔 沖で亀が口ばしと 手で竹竿をクルクル回して遊んでいる場面に遭遇した漁師は 
大変珍しい場面を観た漁師 ということで
その後の機運 運勢が良くなり 大成功の漁師生活が約束されたものだとのジンクスが広くあったそうです

父が言うには 亀は腕はあっても指はありません 竹竿を掴もうにも くるくる回って 掴みきれないしぐさが
あたかも 亀が竹竿で遊んでいるように観えたのでしょうね
いずれにしても運気のいい千歳一隅の場面に 亀と一緒に その竹竿を持ち帰り
(亀には丁寧にお神酒を飲をませて 海に返してやることが多かったみたいです )
床の間にその 竹を家の家宝として飾ってある家が多いことを知りましたが
父も 「その場面を何回か観たと?」 と訊いたら
昔の八丁艪の船は船棚が低いので 何度か見た というようなことを言いましたが
あまり そんなことには 関心はなかった と言いました
そして 父は 亀は広い太平洋を単独航海するのだから 時々は くたびれて泳ぎつかれた
亀がする行動からかもしれんから
それを邪魔するのは あまりいい事では 無いかも知れんね  と言って話を締めくくりました

ちなみに家に置いてある亀は沖で網の中に入ったのを 単純に剥製師に造ってもらっただけのモノということも知りました

まずもって 牛深では 父の話が一般的だと思います
彼方の地方の漁業部落では 竹竿と亀の話 残っていたら 聞いてみたいですね  
タグ :牛深漁業


Posted by 波場印  at 21:00Comments(0)巾着船