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2016年01月30日
25 years ago
瀬崎 H28.1月30日 天気 曇り
一週間前の 大雪から 悪天候続きで
引きこもりライフです
相変わらず オールドデイズの動画ですが
お暇なかたは 覗いてみてください
天附けの渡し舟です
昭和の最終年頃の番組だと思います
ハイヤ大橋はありませんが のどかな中にも
活気は今よりあったような気がする と感じるのは
私だけですかね?
長崎 五島の巻き網船
1990年代
漁獲高競争が熾烈で設備投資のピーク時代だと思います
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私も子どもの頃、よく乗りました。
瀬崎の桟橋に繋いである船は、浅海、深海に行く船じゃなかですか?
よくわかりませんが!(=^・^=)
ありがとうございました。
子供時代、青年時代を 思い出していただいて嬉しいです、
浅海 深海行きの船は知りませんでした
TVでみましたよ
あの頃の本船のハイテク機器は 値段もすごいがテクニカルも
すごかったようですね
使いこなした船頭が 大漁一番乗りでしたね
各 電子機器、魚探 メーカーも 売らんが為の競争でしたからね
当時の機器の開発発達ぶりには 本当に驚かされました
現在は もっと発達しているでしょうね
海王 様
漁労設備も この時代から重装備になってしまいがちになりましたよね、
網が丈夫で大きくなって それに見合う 力のある油圧機器でなければ
ならないようになって 昔なら2万、3万 溜めた魚は 破網とかで
本船の転覆事故など あまりなっかたでしょうけどね
200トン型の新型巻き網船の結果が 成功することを願いましょう
多分 その影響もあるでしょうね、公海上ですので 規制するものがないの
でしょうが 国際的な取決めが必要になるかもしれませんね
いくら回遊性の青物魚でも無計画に獲ったら資源に限りがある ということ
が解かるまで 中国 台湾 韓国も しばらく時間がかかるかもしれませんね
コールタール染めの作業はきつかったみたいですね、乗り子さんたちの皮膚
がマケテ 真っ赤になっていたようです 私が小学5年か6年生の時
牛深の瀬先でコールタール染め作業をしていた ある本船が爆発事故を
おこして怪我人も多く出ました 私の父の船は三角に 染めにいっていたようです
サンドブラストの仕事は みるからに危険と隣り合わせの作業で工賃が
よくても 苦労なさったでしょうね、
五島の船員さんたちで2~3年稼動しましたが 凄くいい人と そうでない人が極端だったのが印象に残ってます マル十の漁労長をしていて
鹿児島 種子島北端で 魚の溜めすぎで本船の転覆事故を おこした人が
最後 うちの船の漁労長をしたのですが いい人でしたね 新魚目の人でした
牛深も 昔は中学をでて カシキを2~3年経験してた人ばかりでしたので
私は羨ましがられたでしょうが その苦労した人たちとの交わりのお陰で 私は大学で学ぶより何倍も大切な人生勉強を させられました 巾着船の船員さんたちは本当に素晴らしい人ばかりでした 道東沖を経験された その方は必ず漁労長までなられると思いますよ
まさに戦争でしたが 同じ魚場を働いていると各船同胞意識もできてきて
楽しかったですよね 巻き網から離れて だいぶん経つので現状の巻き網
環境はわかりませんが 過去の失敗から学習して巻き網船の操業形態
経営方法など いい方法が模索されて残っていくのを期待してます
シナ海、台湾沖は赤、青ムロ、ヒメあじ、ゴマさば主に加工向け魚種ですが
よほど大量に もってこなければ 遠い漁場から ジャンボ運搬船ですから
燃料費がかさむ のかもしれませんね、おまけに中国船との競合
東海巻き網船には あまり良くない環境になったのかもしれませんね
それより五島西沖 近海で鮮魚種を対象に操業したほうがよくなったのかもしれません
決して いいことではないのですが 漁業者は違反操業は あります
私は 25年前 漁業法違反で 前科3犯でした 新聞にも極悪人のように
書かれました(笑) いずれも国内の保安庁から拿捕されてのことですが
外国の警備艇からとなると 恐怖でしょうね
鹿児島沖も季節的に 地元のアゴ網、サバ船、との競合で禁漁区が
複雑にあって厳しかったですね、日本船は魚に対する生態知識などで
ルールを守らない船はいなくなったでしょうけど 中国 台湾は おかまいなし
でしょうから 漁業関係者の方々は国を動かして取締りを厳重にしてもらわなければならないと思います
漁業を離れて長いことなりますので 現況の巻き網事情はわかりませんが
巻き網船は どうしても複船操業がネックに なっていたのでしょうね
本船の船員さんたちの安全性をも考えて 本船を大型化して単船操業に変わっていくかもしれませんね
時代の流れで 日本の各地方の環境 風景が変わっていくのは仕方ないでしょうね 牛深に限らず 寂しくなった港は日本各地にあるでしょうね